マットBlog
ハラスメント防止説明会に参加する
2013年5月29日
今日、ハラスメント関係を専門としている会社が主催するセミナーに参加させてもらった。
ハラスメントは性的な嫌がらせだけではなく、最近ではパワハラと言われるパワーハラスメントも注目されはじめている。 実は本日の主催社がこのパワハラの名付け親であり広く世間にその存在を啓蒙した。
このパワハラ、かつての奇麗な年功序列社会に比べると、管理職の年齢も様々で、正社員、派遣と組織も多様化していて、線引きが難しいのだそうだ。
ただ、本日参加した人事関係者は真剣そのものだった。なにせ、パワハラで裁判となれば、そのケースのために会社は担当者を置くなど時間とコストもバカにならないわけで、防止するために必死なのだ。
それだけではない。パワハラを放置すれば組織は円滑さを欠き、場合によっては企業イメージの悪化にすらなりかねない。
そして、人間関係にも歪みが生じ、離職率が高まるなどの問題にもつながる。
しかし、このパワハラも線引きが難しいと講師は話していた。
静かな事務所と工場とでは同じ大声で注意したとしても全く条件が違ってしまうのだとか。
たとえば、前日に会社の宴会があり、次の日に遅刻した部下を皆の前で叱責したとする。 さて果たしてこれはパワハラになるのか?
答えは、パワハラにはならない。
同じようでも、上司が、宴会で遅刻するなどお前は人間のクズだ!などと言ってしまうとこれは、すぐにパワハラの対象になるそうである。
つまり、叱責や注意だけなら問題ないのだが、人格や人間そのものを否定する発言が入ると抵触してしまうのだ。
セクハラもパワハラも防止方法を誤ると、妙に遠慮がちな組織になってしまわないのだろうか、そんな風に考えてしまうのは私だけだろうか。
ハラスメントは決して見過ごしてはいけないし、逆に守られている事を逆手にとって組織の指示系統がゆがむ事があってはならないと思う。
昔、こんな話を聞いたことがある。
かつてのアメリカ企業はオフィスでは誰もが名前(First Name)で呼び合っていたが、組織が大きくなるにつれ、徐々にSir Nameを使うようになったとか。事実は、今でもアメリカはFirst Nameで呼び合っているのだが、それでもこの話は、何かを示唆している。
組織そのものが若い時代には、もしかしたらハラスメントの事例は少なかったのではないだろうか。
車の交通量が増えて、交差点に止まる側と走る側をルール化したのと同様、オフィスに人が増えルール化しなければ人々が交差点でぶつかってしまう、だからハラスメント防止策が必要なのだろう。